災害などの緊急時の飲酒運転は罪に問われる?過去の裁判事例をもとに解説

飲酒運転は重大な犯罪であり、厳しく処罰されます。
しかし、自然災害などの緊急時における飲酒運転はどう判断されるのでしょうか?
たとえば、急病の家族を救急搬送するため、やむを得ず運転した場合でも罪に問われるのでしょうか?
日本の法律では、飲酒運転は原則違法ですが、過去の裁判では、事情を考慮した判決が下された例もあります。
本記事では、実際の裁判事例をもとに、緊急時の飲酒運転がどのように扱われるのか、また緊急避難が認められる4つの要件について解説します。
目次 / このページでわかること
1.緊急時の飲酒運転は罪に問われない可能性がある
日本の法律では、飲酒運転は道路交通法によって厳しく処罰されます。
しかし、自然災害や事件から避難する場合や、救急車が間に合わない状況下での飲酒運転は、「刑法 第37条(緊急避難)」が適用される可能性があります。
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
引用元:刑法 第37条(緊急避難)|e-Gov法令検索
緊急避難が認められた場合、違法性が否定され、処罰の対象外となります。
緊急避難は、飲酒運転だけでなく、以下のような状況でも適用される可能性があります。
【参考例】
- 他人の飼い犬に襲われたため、やむを得ず犬を傷つけた
- 熊に襲われそうになったため、他人の所有物を壊して逃げた
- 信号無視したトラックが自分に向かってきたため、回避するために前の人を押し倒した
- 拳銃を突きつけられ、覚醒剤を注射するよう脅されたため、自己の体に注射した、など
本来であれば有罪となる行為でも、特例として無罪となる可能性があるため、緊急避難が認められない事案もあります
2.緊急避難が成立する4つの要件
緊急避難が認められるには、4つの厳格な成立要件があります。
本章では、それぞれの要件を詳しく紹介し、飲酒運転が緊急避難として成立する可能性について考察します。
① すでに危険が生じていること
緊急避難が成立するためには、現時点で生命や身体、財産に対する危険が差し迫っている必要があります。
過去や未来における危険は該当しません。
単なる不安や漠然とした危険ではなく、客観的に見て「今まさに危険が迫っている」と判断できる状況でなければなりません。
② 避難の意思があること
危険を回避するための行為であることが必要です。
例えば、自分や他人の命を守るために、やむを得ずものを破損した場合、避難の意思が認められる可能性があります。
しかし、単なる利益目的や、報復行為では緊急避難とは認められない可能性が高いです。
③ やむを得ない行為であること
危険を回避するために、ほかに選択肢がなく、最小限の方法で避難行動をとった場合に限られます。
例えば、火災から逃れるために、他人の家に無断で立ち入った場合、緊急避難が認められる可能性があります。
ただし、不要な破壊行為は、緊急避難が成立しない可能性が高いです。
④ 発生した害が同程度以下であること
緊急避難によって発生した被害が、回避しようとした危険と同程度か、それ以下でなければなりません。
例えば、自然災害から避難するために、やむを得ず飲酒運転をした場合、他人を轢いて死に追いやることは緊急避難として認められない可能性が高いです。
また、自分の財産を守るために、他人に怪我を負わせたり、死亡させたりする場合も、緊急避難が認められない可能性が高いです。
やむを得ず行った行為が、予期せぬ結果につながった場合、当事者としては、緊急避難の成立を主張したいところです。
しかし、緊急避難は厳しい成立要件を満たす必要があります。このような場合「過剰避難」が認められるケースがあります。
3.限度を超えた行為は過剰避難になる可能性がある
地震や津波などの緊急時に飲酒運転を行った場合、罪に問われない可能性があります。
しかし、その行為が必要以上に大きな被害をもたらした場合、「過剰避難」と判断される可能性があります。
過剰避難が成立すると、有罪判決となりますが、情状により減刑や免除が適用されます。
例えば、軽い暴力を受けそうになった際に、相手に重傷を負わせた場合や、小さな火災から逃げるために大規模な破壊行為を行った場合などは、過剰避難とみなされる可能性が高いです。
実際に過去の判例では、「発熱した娘を病院へ連れて行くため、制限速度を33キロオーバーで走行した」として、過剰避難が認められています。
しかし、「急病人を約10km先の病院に無免許運転で連れて行った」ケースでは、過剰避難は認められていないため、個別の案件ごとに判決内容は大きく異なります。
なお、緊急避難が成立した場合、無罪判決となりますが、過剰避難が成立した場合は有罪判決となるため、情状により減刑や免除が適用されても、前科がつきます。
4.飲酒運転による緊急避難の成立を争った判例
日本では、飲酒運転における緊急避難の成立が争われ、昭和57年11月29日に判決が下された判例があります。
結論として、緊急避難は認められず、過剰避難が成立しました。
詳しい裁判内容は以下のとおりです。
事案の概要
飲酒した被告人(X)が自宅にいると、酒乱で粗暴癖のある弟(A)が酩酊した状態で、鎌を持って上がり込んできました。
身の危険を感じた被告人は、上半身裸で素足のまま、庭に停めていた自分の車(X車)に逃げ込み、10〜20分ほど隠れていましたが、警察に通報するためのお金や服が欲しいと思い、内妻にクラクションで合図しました。
しかし、出てきたのは弟(A)であり、弟は自身が所有する車(A車)に乗り込み、追いかけようとしてきたため、「体力に勝る弟(A)からの暴行を避けるには、ほかに方法がない」と思い、被告人(X)は、そのまま車(X車)を発進させました。
約1km走行したあたりで、後方に弟の車(A車)らしき車を確認した被告人(X)は、警察に助けを求める目的で市街地に入り、約20分間運転して警察署に到着しました。
第1審の判決内容
被告人(X)は、酒気帯び運転の罪で起訴され、1審の判決では、緊急避難・過剰避難の成立が否定されました。
X側はこれを不服とし、控訴しました。
第2審の判決内容(東京高裁 昭和57年11月29日 判決)
被告人(X)の行為は「やむを得ない」ものとして肯定でき、生じた害も、避けようとした害の程度を越えないと評価されました。
しかし、市街地以降は弟の車(A車)の追跡の有無を確かめられる状況にあり、適当な場所で運転をやめ、電話などの方法で警察に助けを求めることもできたとして、一部、過剰行為があったと指摘されました。
これらを全体評価した結果、被告人(X)の酒気帯び運転は「自己の生命、身体に対する差し迫った危機を避けるための、やむを得ない行為が行き過ぎたもの」と結論づけられ、酒気帯び運転の罪の成立を認めつつ過剰避難を適用し、刑が免除されました。
飲酒運転は、本来非常に危険な行為であり、緊急避難が認められない可能性が高いと言えます。
ただし、命の危機に直面するほどの自然災害であれば、飲酒運転でも緊急避難が認められる可能性が高いとされています。
なお、行為の程度によっては、過剰避難としてみなされる可能性があるため、自然災害などの緊急時は、状況を冷静に把握し、可能な限り徒歩で移動するのがのぞましいと考えられます。
関連記事:『酒気帯び運転(飲酒運転)とは|基準となる数値や罰則内容をわかりやすく解説』
『酩酊とは?単純酩酊の酔い方6ステップと異常酩酊の罪について解説』
5.飲酒中に自然災害が発生|適切な避難行動とは
飲酒中に地震や津波、台風による河川の氾濫などが発生した場合、アルコールによる判断力や運動能力の低下により、車での避難はリスクが高いと考えられます。
一瞬の判断が生死を左右するため、冷静な行動を心がけることが重要です。
そこで本章では、自然災害発生時における、適切な避難行動を紹介します。
基本的に徒歩避難が求められる
消防庁の震災対策啓発資料では、「避難する時は原則として徒歩で避難しましょう」と記されています。
車を使うと渋滞を引き起こし、消防・救急活動などに支障をきたすためです。
また、普段利用する道も混乱し、歩きにくくなっている可能性があるため、携帯品は最小限にし、動きやすい服装で避難することが推奨されています。
避難先は、最寄りの小・中学校などが指定されていますが、さらに危険性がある場合、広域避難場所に避難する必要があります。
【広域避難場所とは】
震災に伴う大火災などの二次被害から、生命の安全を確保できる場所を指す。
例:大きな公園、河川敷などの空き地(オープンスペース)、など
もしもの時に備えて、最寄りの避難所や広域避難場所を日頃からチェックしておくと安心です。
運転中に地震が発生した場合の避難行動
2025年1月1日に、政府の地震調査委員会は、南海トラフ巨大地震の30年以内発生確率を計算し、「80%程度」に引き上げたと発表しました。
想定される震度はマグニチュード8〜9であり、「いつ地震がきても不思議はない数字であることには変わりない。引き続き備えていただきたい。」とコメントしています。
参考:南海トラフ巨大地震 30年以内発生確率「80%程度」に引き上げ|NHK NEWS WEB / 南海トラフ巨大地震の30年内発生確率「80%程度」に引き上げ 政府地震調査委|サイエンスポータル(科学技術振興機構(JST))
もし今後、運転中に大地震が発生した場合、どのような行動をとれば良いのでしょうか?
警察庁では、運転中に大地震が発生した場合を想定して、運転者がとるべき措置を紹介しています。
【運転中に大地震が発生した時】
- 急ハンドル、急ブレーキを避けるなど、できるだけ安全な方法により、道路の左側に停止させること
- 停止後は、カーラジオ等により、地震情報や交通情報を聞き、その情報や周囲の状況に応じて行動すること
- 引き続き運転する時は、道路の損壊、信号機の作動停止、道路上の障害物などに十分注意すること
- 車を置いて避難する時は、できるだけ道路外の場所に移動しておくこと
もしくは道路の左側に寄せて停車し、エンジンを止め、エンジンキーはつけたままにするか、運転席などの車内のわかりやすい場所に置き、窓を閉め、ドアをロックしないこと
運転中以外の場合に、大地震が発生した時は、「津波から避難するため、やむを得ない場合を除き、避難のために車を使用しないこと」と記されています。
地震発生時は気が動転し、冷静な判断ができなくなる可能性があります。
事前にどのような行動をとるべきなのか把握し、適切に行動できるようにイメージしておくと安心です。
6.被災地における飲酒について
適量の飲酒は、リラックス効果やストレス解消効果をもたらすとされています。
しかし、大地震発生後は、お酒の量が増えたり、いつも飲まない人でも飲むようになったりするケースが増えると言われています。
不安やうつうつとした気持ちを和らげるために飲酒した場合、酔いがさめると飲酒前よりも気持ちが落ち込みやすくなると考えられているため、早めに保健師や医師に相談することが重要とされています。
また、寝つきを良くするために飲酒する場合も、少しずつお酒の量が増える傾向があると言われています。
アルコール依存症のリスクを高めないためにも、お酒は1日あたり日本酒1合程度を目安に控えることが推奨されています。
アルコール依存症は、少しずつ進行する病であり、本人や周囲の人が気づく時には重症化しているケースが多いと言われています。
早期発見・早期対処で、回復にかかる時間や労力が少なくなると考えられているため、自然災害発生後にお酒の量が増えた場合は、早めに保健所や医療機関を受診しましょう。
7.まとめ|緊急時の飲酒運転はあくまでも最終手段である
本記事では、緊急時の飲酒運転が罪に問われる可能性や、過去の判例、緊急避難が成立する4つの要件、自然災害発生時の適切な避難行動について解説しました。
飲酒運転は重大な犯罪であり、いかなる状況でも避けるべき行為です。
法律上、緊急避難が成立する可能性はありますが、「他に助かる方法が現実的ではない」場合に限られます。
飲酒運転を正当化できるケースは極めて限定的であり、安易な判断は厳しい処罰につながります。
緊急時でも冷静に対応し、安全な選択をするように心がけましょう。